【資産形成と人生のバランス】ベトナム旅行で気づいた「ただお金を貯めるだけの人生」から抜け出す方法

経済的自由に向けて

最近、SNSやYouTube、ブログなどを開くと、「資産5,000万円達成!」「FIREして億り人になりました!」といった景気の良い言葉があふれていますね。それらを目にするたびに、「すごいな、自分ももっと頑張らなきゃな」と刺激を受ける一方で、ふと頭をよぎる疑問がありました。

「人生、ただお金を貯めるだけで終わってしまっていいのだろうか?」

そんなモヤモヤを抱えていた私が、先日、数日間の休みを取ってベトナム旅行へ行ってきました。この旅が、私の投資観、ひいては人生観を大きく揺さぶる素晴らしい経験となりました。

今回は、日々の節約生活と投資に向き合う私が、ベトナムの風に吹かれながら考えた「お金の使い方と人生の豊かさのバランス」について、具体的な旅の思い出とともにブログに書き残しておきたいと思います。

少しでも参考になれば幸いです。

普段の私は、絵に描いたような「地味な節約生活」。

自分で言うのもなんですが、私は決してお金を派手に使うタイプではありません。むしろ、世間一般から見ればかなり「お堅い」部類に入ると思います。

  • 平日のランチ: 会社へは基本的に毎日、手作りのお弁当を持参しています。同僚たちが外食へ出かけるなか、私は自分のデスクや休憩室で、黙々とお弁当を食べています。
  • 家での食事: 夜や休日も、基本は自炊です。外食は特別な日以外、ほとんどしません。
  • 休日の過ごし方: フラフラとあてどなく出かけたり、衝動買いをしたりすることはありません。娯楽に大金を使いすぎることもなく、家でのんびり過ごす日々です。

インデックス投資や高配当株投資にコミットしている人なら、きっと共感していただけるのではないでしょうか。毎月の投資余力を1円でも多く生み出すために、固定費を削り、変動費を抑える。それはそれで、数字が積み上がっていく楽しさがあり、一種のゲームのような充実感があります。

しかし、そんな私にも、「ここにはお金を惜しみなく使う」と決めている聖域があります。

それが、「旅行(特に海外旅行)」です。なぜなら、旅行こそが自分の本当の楽しみであり、幸福を感じる瞬間だからです。

ベトナム旅行で減った口座残高と、引き換えに得たもの

今回のベトナム旅行では、飛行機代、現地でのホテル代、そして現地の美味しい料理を楽しんだ代金など、それなりの金額を支払いました。

日本に帰国し、クレジットカードの明細や銀行口座の残高を見れば、当然ながらお金は減っています。投資家としての脳が一瞬、「あぁ、この分をあの高配当株の購入に回していれば、年間でこれくらいの分配金になったのに……」と計算を始めてしまうのは、もはや職業病のようなものです(笑)。

しかし、減ってしまった口座残高と引き換えに、私の人生には何が残ったでしょうか。

それは、「私の人生のアルバムに、新しく追加された輝く1ページの思い出」です。

もし私が、「資産形成の効率が落ちるから」と言って海外旅行に行くことを諦め、いつも通り家と会社を往復し、お弁当を食べ、自炊を続けるだけの数日間を過ごしていたら、この「1ページ」は絶対に存在しませんでした。

五感で味わったベトナム:胃袋を掴まれた絶品グルメと物価の衝撃

今回の旅で何より私の心を躍らせたのは、日本では味わえない現地のリアルな食文化、そして投資家としても驚愕せざるを得なかった「物価の安さ」でした。

① 濃厚なベトナムコーヒーと、贅沢な完熟スムージー

現地に着いてまず感動したのが、本場のベトナムコーヒーです。 深煎りの力強い苦味のあるコーヒーに、底に沈んだ甘く濃厚な練乳(コンデンスミルク)をスプーンで混ぜ合わせ、氷でキンキンに冷やしてすする。あの独特のコクとガツンとくる甘みは、歩き疲れた体に染み渡る最高のエネルギー補給でした。

また、南国ならではの新鮮なフルーツをふんだんに使ったスムージーも格別でした。日本では高価な完熟マンゴーや珍しいフルーツの生搾りスムージーが、信じられないほど贅沢な濃さで提供されるのです。一口飲むたびに「あぁ、これだけでもベトナムに来た甲斐があった」と心の底から満たされました。

② 本場のバインミーの美味しさと、400円以下の外食の衝撃

そして、ベトナムのストリートフードの代表格であるバインミー。 サクサクに焼き上げられた軽い食感のフランスパンに、自家製のパテやジューシーな肉、大根と人参の甘酢漬け(なます)、そしてアクセントのパクチーがぎっしりと挟まれています。ひとくち噛み締めた瞬間の、すべての具材が完璧に調和した美味しさは今でも忘れられません。

何より衝撃的だったのは、その価格です。 現地の人々で賑わうローカルなお店で、お腹いっぱいになるまで美味しいローカルフードをあれこれ食べてお会計をしたら、まさかの1食400円以下。

日本の物価高や、普段の自分の外食費(あるいは節約しているお弁当の原価)と頭の中で比較して、その圧倒的なコストパフォーマンスにただただ驚くばかりでした。お金をそんなに大金を使わなくても、これほどまでに豊かな食体験ができ、幸福感に満たされる場所がある。それは、現地に足を運び、自分の財布から現金を支払って体験しなければ絶対に分からない「経済の生きた視点」でした。

船で漕ぎ出した洞窟と、異文化の刺激

食の感動もさることながら、体験としての価値も凄まじいものでした。 小さな船に乗り込み、自然が作り出した神秘的な洞窟へと漕ぎ出したときのこと。ひんやりとした空気のなか、水面を静かに進むスリルと感動。これは、YouTubeの旅行動画を4Kの美しい画面で観るのとは、まったく別次元の体験でした。
小舟で漕いで洞窟に行くときに一番後ろで漕いでいるベトナムの人がダウンダウンといって、どうやら頭を下げろという意味でした。たしかに頭を下げなければとがっている洞窟に岩に頭皮の毛をぐりぐりやられて持っていかれると思います。なんか冒険みたいで面白かったです。少しハラハラしました。
エジプトで深夜に野良犬に追いかけられたよりかはハラハラしませんでしたが。

さらに、日本とは全く異なる熱気あふれる街並み、経済がまさに右肩上がりで成長している現地の活気、そして言葉が通じなくても笑顔で接してくれた現地の人々との温かい出会い。

これらすべてが、私という人間の「経験値」として、心と体に深く刻み込まれました。ただ日本でパソコンの画面を見つめ、株価チャートや配当利回りをチェックしているだけでは、絶対に得られない無形の資産です。

ただ貯金と株式投資だけをする人生は、本当に「生きている」と言えるのか

ここで、一つの思考実験をしてみたくなります。

もしも私たちが、老後の不安を解消するためだけに、あるいは画面上の資産額を増やすためだけに、一切の贅沢を排除し、ひたすら貯金やインデックス投資、高配当株投資だけに人生を捧げたらどうなるでしょうか。

確かに、60代や70代になったとき、口座には何千万円、あるいは億単位のお金が残っているかもしれません。しかし、最も体力が全盛で、好奇心が旺盛で、美味しいものを美味しいと感じ、どこへ行っても新鮮な感動を味わえる「今」という時期をすべて犠牲にして得たそのお金に、一体どれほどの価値があるのでしょうか。

老後にお金を備えることは、間違いなく大切なことです。私も投資家ですから、その重要性は痛いほど理解しています。

しかし、「人生の最期(死ぬとき)に、過去最高の資産額を記録して死んでいく」というのは、どこか本末転倒ではないでしょうか。

理想的なのは、お金を将来のためにしっかりと貯めつつも、今しかできない経験や楽しみにバランスよく投資していくこと。それこそが、本当の意味での「人生の最適化」であり、人間が生きるということなのだと、ベトナムの夕日を見ながら強く感じました。

1億円持っていても偉くない。「内なるスコアカード」で生きる

投資の世界では、資産の額や会社の肩書で人の優劣を競い合うような風潮が少なからずあります。

「あの人は資産1億だからすごい」「あの人は役職が上だから偉い」

しかし、断言します。 お金を1億円、あるいは5億円持っていたからといって、その人が人間として別に偉いわけではありません。 お金を持つことで、その人の本質的な価値が決まるわけではないのです。同様に、会社の役職や肩書によって、人間の価値が変わることも絶対にありません。それらはすべて、社会が勝手に作り出した「記号」に過ぎないからです。

ここで思い出すのが、世界最高の投資家の一人であるウォーレン・バフェットの言葉です。彼は、人生の評価基準には2つの種類があると好んで話します。

  1. 外なるスコアカード: 他人が自分をどう見るか、世間がどう評価するかという基準。
  2. 内なるスコアカード: 自分自身がどう思うか、自分の良心や価値観に照らして正しいかという基準。

バフェットは、「他人にどう思われるかではなく、自分の内なるスコアカードで判断すべきだ」と言っています。

資産額でマウンティングをとったり、他人の目を気にして高級品を買ったりするのは、すべて「外なるスコアカード」に支配された生き方です。

本当に大切なのは、「自分が何に価値を感じ、何を楽しみ、どう生きたいか」という内なるスコアカードに焦点を当てることです。私にとって、平日はお弁当を食べて節約し、浮いたお金でベトナムへ行って1杯の美味しいコーヒーに感動し、400円以下の美味しいご飯に目を丸くすることは、私の内なるスコアカードにおいて「満点」の選択でした。他人がそれをどう言おうが、関係ないのです。

お金を使った先に、どんな将来を描くか

お金は、ただ持っているだけでは「数字」であり「紙切れ」に過ぎません。それを使って初めて、本当の価値を発揮します。

私たちが「お金を使った先」に何があるのか。そこには、自分が心から楽しめる瞬間があり、生きがいがあり、そして「将来こんな人間になりたい」「こんな豊かな人生を送りたい」というビジョンを描くきっかけがあります。

今回の旅を経て、私は投資に対するモチベーションがむしろ高まりました。なぜなら、「これからも、こういう素晴らしい世界を見て、美味しいものを食べ、感動的な経験をたくさんするために、私は投資でお金を増やしていくんだ」という、明確な目的ができたからです。ただ「不安だから貯める」のではなく、「未来の経験のために貯める」というポジティブなマインドへの転換です。
まだまだ見たことのない場所に行くと考えるとお金だけでなく時間も必要です。

逆にお金を使わなければ、私たちは新しい経験をすることもできず、新しい味に出会うこともできず、大切な人と素晴らしい思い出を共有することもできません。

節約と投資は、人生を縛るための鎖ではなく、人生の選択肢を広げるための翼であるべきです。

最後に:バランス型の投資家として生きていく

今回のベトナム旅行は、私の心に「思い出」という名の、絶対に暴落しない究極の資産を組み込んでくれました。

これからも私は、平日はお弁当を持参し、家では自炊をして、コツコツと高配当株を買い増していくでしょう。その地道な生活自体も、自分の規律を守るという意味で嫌いではありません。

しかし同時に、ここぞという時にはしっかりとお金を使い、見知らぬ土地へ旅立ち、400円の絶品グルメに驚き、自分の経験値を高める努力も惜しまないつもりです。

資産の数字を増やすスリルと、人生の経験値を増やす感動。この2つの舵をうまくバランスよく取りながら、自分だけの「内なるスコアカード」を高めていくこと。それこそが、私が今回のベトナム旅行で得た、一生モノの気づきです。

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